
介護と仕事の両立はなぜ難しい?心理的安全性から考える職場の支援
介護と仕事の両立が難しい本質は「時間が足りない」だけではありません。制度があっても使いづらい、周囲に迷惑をかけたくない、相談すると評価が下がりそう...こうした“言い出しにくさ”が重なると、支援が届く前に限界を迎え、介護離職やメンタル不調につながります。そこで鍵になるのが心理的安全性です。
相談できる職場は、突発対応や業務調整が早期に行え、両立が現実的になります。本記事では、介護離職の実態、両立が難しくなる理由を整理し、心理的安全性の観点から企業・職場ができる支援と、支援を“使えるもの”にする運用のポイントを解説します。
目次[非表示]
- 1.介護と仕事の両立の現状
- 1.1.介護離職の実態と背景
- 1.2.働きながら介護する人の増加
- 2.両立が難しくなる理由
- 2.1.時間的制約と突発対応
- 2.2.制度はあっても使いづらい現実
- 2.3.職場への遠慮や負い目
- 3.心理的安全性の観点から見る課題
- 3.1.相談しづらさが問題を深刻化させる
- 3.2.周囲の理解不足と孤立
- 4.企業・職場ができる支援
- 4.1.制度整備
- 4.2.管理職の関わり方と対話
- 4.3.相談体制・外部支援の活用
- 5.両立支援を機能させるためのポイント
- 5.1.制度だけでなく風土づくり
- 5.2.個別事情に応じた柔軟な対応
- 6.よくある質問
- 6.1.Q1. 介護が始まったら、まず会社に何を伝えるべきですか?
- 6.2.Q2. 制度はあるのに、使うと気まずいのですが?
- 6.3.Q3. 管理職は何から支援すればよいですか?
- 6.4.Q4. 介護休暇と介護休業の違いは?
- 6.5.Q5. 相談体制は、社内だけで足りますか?
- 7.まとめ|安心して両立できる職場づくりへ
介護と仕事の両立の現状
介護は、一部の人だけの問題ではありません。高齢化の進行により、働きながら家族の介護を担う人は増え続けています。企業にとっても、介護離職は採用・育成コストの損失に加え、チームの生産性や顧客対応力の低下につながる“経営課題”として扱う必要があります。
介護離職の実態と背景
介護離職が起きるのは、介護の負担が重いからだけではありません。多くの場合、介護が始まる初期に“仕事の調整が間に合わない”ことが引き金になります。介護は突然に始まり、家族の体調変化や入退院、ケアマネジャーとの面談など、短時間で複数の判断を迫られます。会社側が両立支援の姿勢を示していても、本人が相談できなければ支援は届きません。
また、介護は育児と違い、終わりが見えにくいのが特徴です。介護が長期化するほど「いつまで迷惑をかけるのか」という負い目が増え、相談を先延ばしにしやすくなります。その結果、限界を超えたタイミングで突然の休職や退職に至るケースもあります。※1
働きながら介護する人の増加
働きながら介護する人が増えると、職場には「見えない両立」が増えます。介護はプライベートの事情として隠されやすく、周囲は気づきにくい。気づいたときには、本人の疲弊が進み、業務品質の低下や欠勤が増えているという形で表面化しがちです。さらに、介護は40代〜50代の中核人材に起こりやすく、管理職層も当事者になり得ます。※2
両立が難しくなる理由

時間的制約と突発対応
介護の難しさは、予定を立てにくいことです。通院の付き添い、介護サービスの手続き、家族の急変、施設との調整など、突発対応が重なります。仕事側は締切や顧客対応が動かないため、本人は「抜けるほど迷惑がかかる」と感じ、無理を重ねやすくなります。
制度面では介護休暇(時間単位取得を含む)など、短時間の用事に使える仕組みもありますが、活用には職場の理解と業務調整が不可欠です。
制度はあっても使いづらい現実
両立支援制度があっても使いづらい理由は、制度の“入口”と“出口”が設計されていないからです。入口とは、誰に相談し、何を伝え、どの制度をどう使うかが分かる状態。出口とは、制度利用後に業務が回る状態です。入口が曖昧だと本人は迷い、出口が曖昧だと周囲は不満を持ち、結果として「使わない方が楽」という学習が起きます。
加えて近年は法改正により、介護離職防止のための雇用環境整備や、個別周知・意向確認などが企業に求められています。制度を“紙の整備”で終わらせず、運用で使える状態にすることが重要です。※3
職場への遠慮や負い目
介護と仕事の両立を難しくする最大の壁は「言い出しにくさ」です。介護は家庭内の事情として語りにくく、本人は“特別扱いされたくない”一方で、実際には調整が必要です。この矛盾が、遠慮や負い目を強めます。
また、職場が忙しいほど「自分の事情で迷惑をかけられない」と感じ、相談が遅れます。相談が遅れるほど選択肢は狭まり、突発欠勤や休職など“急な形”で調整が必要になります。つまり、遠慮は本人にとっても職場にとってもリスクであり、早期の相談を促す仕組みが必要です。
心理的安全性の観点から見る課題
介護と仕事の両立では、制度の有無以上に「相談できる空気」が結果を左右します。心理的安全性とは、疑問や懸念を表明しても不利益を受けにくい状態を指し、チームの学習や改善の起点になる概念です。※4
相談しづらさが問題を深刻化させる
両立が崩れるパターンとしては、最初は「自分で何とかする」と抱え込み、次に遅刻・早退・ミスが増え、周囲の不満が高まり、本人はさらに言い出しにくくなる。そして最後に、突然の欠勤・休職・離職として表面化します。
心理的安全性が低い職場では、介護の事情を話すこと自体が対人リスクになります。上司に言うと評価が下がりそう、同僚に言うと負担をかけそうといった不安があると、制度の説明をしても利用にはつながりません。相談を増やすには、「相談しても不利益がない」ことを行動で示し、相談のハードル入口を小さくする必要があります。
周囲の理解不足と孤立
介護は経験者でないと実態が想像しにくく、周囲が「介護は夜や休日にやるもの」「休めば解決する」と誤解していると、当事者は孤立します。とくに介護初期は、情報収集・家族会議・制度手続きなど“見えない作業”が多く、周囲からは負担が見えません。
この孤立は、本人のストレスを高めるだけでなく、職場の協働を弱めます。周囲が理解し、役割分担や調整ができる状態にするには、当事者任せにせず、職場全体のリテラシーと対話の設計が必要です。
企業・職場ができる支援
両立支援は「制度を増やすこと」ではなく、「使える状態にすること」です。ここでは、制度整備・管理職の関わり・相談体制の3点から、現場で機能しやすい形を整理します。

制度整備
制度整備で重要なのは、介護の特性に合う“短い調整”を可能にすることです。介護休暇は、通院の付き添いや手続き代行、ケアマネジャーとの短時間の打ち合わせなどにも使えるとされ、時間単位取得も可能です。制度を周知する際は、条文説明より「どんな場面で使えるか」を例示した方が利用につながります。
柔軟な働き方としては、時差出勤、短時間勤務、在宅勤務、業務の再配分などがあります。ただし、制度を並べるだけでは不十分です。利用条件、手続き、代替要員や引き継ぎの考え方をセットにして、職場が回るようにすることが鍵になります。
管理職の関わり方と対話
介護両立を左右するのは、制度より“最初に話す相手”です。多くの場合、それは直属上司です。管理職には、当事者を追い込まない対話の型が必要になります。
具体的には、初回相談では「何ができないか」を詰めるより、「何が起きているか(事実)」「どの時間帯が不安定か」「今週〜今月の調整が必要な点」を一緒に整理することが重要です。解決策をその場で出す必要はありません。選択肢を提示し、次の一歩を合意するだけでも、当事者の心理的負担は大きく下がります。
また、管理職は“前例”を作る立場でもあります。介護を理由とした調整がネガティブに扱われると、次の当事者は沈黙します。逆に、調整が当たり前に行われると、早期相談が増え、突発欠勤が減りやすくなります。
相談体制・外部支援の活用
相談体制は「一つの窓口」だけでは足りません。介護の両立では、制度・心理・実務が絡み合い、本人が「どこに何を相談すればいいか分からない」状態になりやすいからです。たとえば、次のような少し踏み込んだ事例では、入口の設計がないと一気に行き詰まります。
1つ目は、親の認知症が進み「夜間の徘徊や金銭管理の問題」が出てきたケースです。本人は睡眠不足でミスが増え、上司に叱責されるのが怖くて言い出せず、欠勤が増えて初めて周囲が気づくことがあります。この段階では、就業調整(在宅・時短・休暇)だけでなく、家族の役割分担や罪悪感の整理、介護サービス選択の判断支援まで必要になり、人事だけでは受け止めきれません。
2つ目は、要介護認定や施設入所をめぐって家族内で意見が割れ、「本人(親)の意思」と「介護に関わる方々(兄弟)の主張」に挟まれて当事者が消耗しているケースです。仕事中も電話が鳴り続け、会議に集中できず評価低下が不安になる一方、家族には「あなたがやるべき」と迫られ、心身の限界が近づきます。ここでは、職場の調整に加えて、心理面の支援と地域資源への接続(地域包括支援センター、ケアマネ等)がセットで必要になります。
だからこそ、社内の制度相談(人事)だけでなく、産業保健スタッフやEAP、介護の専門相談など外部支援を組み合わせて「複線化」しておくことが有効です。外部支援なら、当事者が社内評価の文脈から離れて安心して話せるうえ、介護実務の知見や家族調整の視点も含めて整理でき、結果として職場側も早期に現実的な業務調整へつなげやすくなります。
導入の際は、相談の匿名性、記録の扱い、緊急時対応(自傷他害など)を含め、運用ルールを明確にしておくと安心です。
両立支援を機能させるためのポイント
制度だけでなく風土づくり
制度があっても使われない職場の共通点は、「使うと損をする」という空気が残っていることです。風土づくりは抽象的に聞こえますが、実務では“言葉”と“運用”で作れます。
例えば、介護は誰にでも起こり得ること、早期相談が本人と職場の双方を守ること、制度利用は当然であることを、トップ・人事・管理職が繰り返し発信します。そのうえで、相談しやすい入口(定例面談、短時間の相談枠、チャットでの相談先案内)を用意し、相談があったら責めずに調整する。この積み重ねが風土になります。
個別事情に応じた柔軟な対応
介護は家庭状況によって必要な支援が違います。同じ「介護中」でも、同居か別居か、要介護度、支援者の有無、急変リスクなどで負担は変わります。だからこそ、全員に同じ制度を当てはめるだけでは足りず、個別事情に応じた“組み合わせ”が必要です。
ポイントは、最初から完璧な制度利用計画を作らないことです。介護は状況が変わるため、短いサイクルで調整する方が現実的です。例えば、今月は通院が増えるので時間単位休暇を使い、来月はサービスが整うので在宅勤務を増やす、といった具合に「一度決めたら終わり」ではなく「更新する前提」で運用します。
よくある質問
Q1. 介護が始まったら、まず会社に何を伝えるべきですか?
A.介護の詳細を話す必要はありません。まずは「今後、突発的な通院や手続きで短時間の調整が必要になる可能性 がある」ことと、「いつ・どの時間帯が不安定になりそうか」を共有し、相談先と次の確認タイミングを決めるのが現実的です。
Q2. 制度はあるのに、使うと気まずいのですが?
A. 多くの職場で起きる悩みです。個人の勇気に頼るより、上司や人事に「制度を使うことが不利益にならない運用」を確認し、必要なら外部相談窓口も併用してください。
Q3. 管理職は何から支援すればよいですか?
A.初回は解決策を出すより、事実と不安定な時間帯を整理し、選択肢(制度・業務調整・相談先)を提示して次の一歩を合意することが重要です。
Q4. 介護休暇と介護休業の違いは?
A. 介護休暇は短時間の用事にも使える休暇で、年5日(対象家族2人以上は10日)などの枠があります。介護休業は一定期間まとまって休む制度です。必要に応じて組み合わせるのが現実的です。
Q5. 相談体制は、社内だけで足りますか?
A.制度相談・心理面・介護実務は支援内容が異なるため、社内だけで抱え込まず、EAPなど外部支援を併用すると早期対応につながることがあります。
まとめ|安心して両立できる職場づくりへ
介護と仕事の両立が難しいのは、時間の制約に加え、制度の使いづらさと「言い出しにくさ」が重なるからです。心理的安全性が低い職場では相談が遅れ、結果として突発欠勤や介護離職が起きやすくなります。企業ができる支援は、制度整備だけでなく、管理職の対話の型、相談体制の複線化、外部支援の活用、そして“制度を使っても損をしない”運用づくりです。介護は誰にでも起こり得るからこそ、早期相談と小さな調整が当たり前にできる職場が、本人と組織の両方を守ります。
参考文献
※1:厚生労働省(2024),経済産業省における介護分野の取組について(介護離職・経済損失の整理)
※2:厚生労働省(2016),仕事と介護の両立支援に関する参考資料(介護休業取得者の年齢階級別割合:45〜49歳が最も高く、次いで50〜54歳)
※3:厚生労働省(2025),育児・介護休業法 改正ポイントのご案内(介護離職防止の雇用環境整備、個別周知・意向確認等)
※4:Edmondson, A.(1999),Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams(心理的安全性の定義)












